三年近く前に、人間ドックでガンが見つかり、胃を半分切りとる手術をしました。
わたしは「独仏年報」において、ヘーゲルの法哲学を批判するという形で、法学と国家学の批判をおこなうことを予告しておいた。
「反哲学史」というのは、いかにも奇妙な表題です。
どのような環境に生を受けても、この世で生きていくのは難しい。
一九一八年にドイツが経験した精神の危機は、一九四五年のそれよりもいっそう深刻であった。
おそらく本書は、ここに表されている思想ーないしそれに類似した思想ーをすでに自ら考えたことのある人だけに理解されるだろう。
テクストには通常「宛先」がある。私がテクストを読むとき、その「宛先」はとりあえず私一人である。
『サラの鍵』(監督ジル・パケ=ブレネール、原作タチアナ・ド・ロネ)というフランス映画を見た。
私がウィトゲンシュタインを初めて見たのは、一九三八年の秋学期、私のケンブリッジ大学での最初の学期だった。
私は、亡霊〔=帰り来たるもの(revenant)〕と炎と灰とについてお話しようと思う。
私はいま、日本近代を主人公とする長い物語の発端に立っている。物語はまず、ひとつの文明の滅亡から始まる。
この疑わしい本の根底に何があるにせよ、ともかくそれは一流の魅力をそなえた第一級の問題であったに相違なく、そのうえ深く個人的な問題だったこともまちがいない、ーその証拠は、この本が成立した時期だ。